飛田嬢のブログ

20代看護師が飛田新地で初めて働いた感想|どれくらい稼ぐことができたのか?

20代看護師が飛田新地で初めて働いた感想|どれくらい稼ぐことができたのか?

私は夏に海外旅行や海に行きすぎ、お金を使い果たして途方に暮れていました。今の仕事では生活費を払うのに精いっぱいで、消費者ローンとかで借りたお金の工面先がない。なので一丸発起し「風俗で働こう」と思いました。

ただし、何年か前に一度梅田の兎我野町のホテヘルに体験入店したときのトラウマが頭から離れず「やっぱ私には無理かなぁ」という思いも頭をよぎりました。

私は潔癖症のため、フェラチオやキスが苦手なのです。つまり、その日あった男性の性器を舐めたり、唇をかわすことに大いに抵抗のある女なんですが、ネットで調べると、「飛田新地は基本的にキスNG、フェラはゴムフェラ」と書いてあることを知りました。

飛田新地のプロが書いているブログのようで、かなり参考になりました。

参照:飛田新地の仕事内容を解説!お仕事の流れ&サービス内容がまるわかり

「これって凄い簡単じゃないの?」と思い、さらに調べますと、なんとお客さん1人当たりの平均の接客時間が約20分、バックは7,500円とも書いてあります。

つまり、時給に換算すると15,000円を超えます。

キスなし、ゴムフェラでなんでヘルス嬢に比べて何倍も割がいいんだろう?と思いましたが、とにかくこれならば潔癖症の私でもなんとかなるんじゃないかと思って面接に行きました。

実際に飛田新地に行ってみますと、地下鉄の動物園前を下りて地上に出てからは少々町並みは異様?な感じもしましたが、風俗街という雰囲気は感じず、飛田新地ってこんな場所にあるのかと不思議に思ったのが率直な感想でした。

そして面接で飛田新地という風俗のことを一通り聞き、何となく納得しました。ここ飛田新地では、お客さんは本番行為でフィニッシュするのです。

ただし、ゴム付き。時間が20分ということで、常連のお客さんはそんな短時間で発射しようと思ってやってくるので、面倒なやり取りやサービスはなし。これも面倒な性格な私には向いていると思いました。早い話、下半身を貸してあげるだけで大金が稼げるという言い方も出来ます。

お客さんは非日常を楽しみたくてこの飛田新地に来ると知って働く方がいい

飛田新地の各店は表向き「料亭」です。なので表向きには私は飲食店の店員として雇われたということになります。

その私がお客さんに飲食物を運び、そこでお客さんと私が即座に恋に落ち、その場でエッチをした、という流れが飛田新地の風俗の理論なのです。なので法律的にどうかという点については、「客と店員が恋愛関係になったのだから店側は感知しない」ということで通っているのです。

従って合法なので、働く女性側は何も心配することはありません。また、私は男性のことを勉強不足でしたが、皆がソープやデリヘルを好むんじゃないこともこの飛田新地で働いて知りました。

男性客と話してみると「神戸とかのソープは上品すぎる」「ホテヘルのギャルは愛想がない」というふうに私に本音を話してくれた男の人もいて、「俺はこの飛田新地の女が一番好きや」という男性も多かったです。ちなみに料金は大衆ヘルス店と同じくらいらしいですが、働く私たち女性側はヘルスよりも多くもらえました。

さらに、サービスはほとんどしなくてこの値段ですから、これほど楽なことはありません。

そもそも20分で男性にサービスをしている時間もありません。つまりこの飛田新地は、私たちが裸になったら男性が勝手に勃起し、その後挿入してきて20分以内に終えてくれる場所なのです。

シャワーはないとはいえ、ゴム付き挿入、ゴムフェラ、キスなしなので、いわゆる「粘膜密着」はほぼない状態で働くことが出来ます。

潔癖症の私でもぎりぎり我慢できる範囲で、しかももらえる報酬は普通の風俗嬢よりかなり多い。しいて言えば辛いの蒸し暑い日の接客でしょうか。

汗臭い匂いのままお客さんと接近しなければならないのが少々嫌な思い出ですが、それ以外はお金のためと思えば我慢出来ました。

兎にも角にもここで働いたおかげで夏に使い過ぎた借金を返済が出来ました。

父親の借金4,000万円を返すために、飛田新地で必死に働いた話

父親の借金4,000万円を返すために、飛田新地で必死に働いた話

私は、小さい頃に母を亡くし、父子家庭で育ちました。その後、地元の商業高校を出て、父の知り合いのおじさんの経営する小さな会社で事務員として働いていました。

それでも実家で父と暮らしていたため、もらっているお給料で十分やっていくことができ、慎ましやかではあったのですが、そこそこ生活には満足していました。

そんな折、ちょうど社会人になって3年が経過しようとしていた頃でしょうか。
突然最愛の父が急死してしまったのです。

私は突然の訃報で、悲しみに打ちひしがれていたのですが、事態はそれだけでは済みませんでした。しばらくすると、うちに見知らぬ人が訪ねてきて、父親の借用書なるものを見せつけられました。

金額にしておおよそ3500万円弱と利息を合わせて約4000万円の借金となっていました。そして、あろうことか、連帯保証人の名前に私の名前が書いてありました。

正直、私は自分でサインした記憶はなかったのですが、きっと父が勝手に私の名前を使ったのだと思います。でも、父を責めるような気持ちにはとてもなれなかったので、私は連帯保証人として債務を引き受ける覚悟をしました。

まさに青天の霹靂ではあったものの、何としてでも借金返済のために、がんばらなければならないとの思いを強くしました。住んでいたマンションを売却して返済に充てたら、借金の残額はちょうど2500万円程度になりました。

事情を説明すると、勤め先の社長は、同情してくれはしたものの、やはりそんなまとまった金額を支援することはできないし、もっと割の良い仕事(うちの近くでは飛田新地が有名だったので誰でもちょんの間といえば飛田新地を連想します)をするべきかもしれないと助言してくれました。

大阪では、梅田の兎我野町や堂山町の風俗アルバイトが有名ですが、何かと怪しいお店も多いのです。大阪梅田の風俗求人を詳しく解説しているサイトが参考になります。

参考になる梅田風俗求人サイト:梅田高収入コンシェルジュ|梅田の風俗アルバイト・求人情報をお探しの方へ

梅田で風俗のアルバイトを初めて良かったのですが、ウン千万円の借金を返すには、飛田新地で働くしか選択肢がありませんでした。

しばらくの間は、社長の家族の住む家に間借りさせてもらえることになったので、とりあえず、藁にもすがる思いから、飛田新地で働くことを決意したのでした。

最初は緊張した飛田新地での仕事!習うより慣れろの精神でOKでした

今まで風俗で働く女性をどちらかと言えば嫌悪していた私が、なんと気づけば飛田新地で働くことになっていました。

メイン通り、青春通り、姉系通り(通称妖怪通り)と3つのメインストリートのうち、ありがたいことにメイン通りにある一軒の料亭で働くことになりました。

最初は戸惑うことが多くて、やり手ババアが「お兄さん、入ったばかりの新人のべっぴんがいるよ」と道行く男の人に声をかけるのも、ちょっと気恥ずかしい気持ちになったものです。

とはいえ、稼げたことも事実です。
基本15分くらいのショートから長い人はもっとお金を払ってくれました。

たまたま料亭で知り合った男女が恋仲になって抜き差しならない関係になるといったシチュエーションもあってか、お客さんもとても優しくて、同情してくれるような方が多かったように思います。

そういった救いも手伝ってか、私はそのまま飛田新地でちょっとずつ実力と人気を確立していくことができました。

ひっきりなしにお客さんが来てくれるようになると、お茶を挽く必要もなく、自分の体力の限り、稼ぐことが可能となっていました。

正直飛田新地で働いてから、MAXで月収が200万円近くまであったこともあります。

結局、飛田新地でのお仕事を続けていると、お金を使う時間もなかったので、借金の返済金は滞りなく減らしていくことができました。

もともと自分自身も無駄遣いなどもしませんでしたし、特別浪費家でも贅沢病でもなかったので、借金を全部完済してしまったあとも、驚くほどのスピードで貯金が増えていきました。

このまま28歳頃まで飛田新地で働いて、その後はスパッと引退して、貯めたお金を使って、自宅を買い、何か商売をしたいなと考えています。
スナックやラウンジでもいいし、立ち飲み屋さんや居酒屋さんもいいかもしれないと思っています。

確かに風俗の仕事は向き不向きがありますが、稼げることに間違いありません。
自分の容姿や持てる限りの才能を発揮して、お客さんに尽くして、そのお給金をいただく、こうして子どもを育てるお母さんだっています。

職業に貴賤は関係ありません。少なくとも私はそう思っています。
飛田新地で働いていることは、私のアイデンティティでもあり、プロとしての誇りでもあります。

稼ぎたい、稼がなければならない、どんな事情があっても、頑張る人は報われる世界ですよ!

飛田新地でソープ嬢をしていくうえで感じた自分自身の体験

頭の中は借金返済だけだった私を救った飛田新地

多重債務によって多額の返済に追われていた時期は頭の中がお金のことばかりになってしまって、晴れた日に外出をしても不安な気持ちでいっぱいです。

そんな時に飛田新地の求人を見つけ、とにかく今の自分を変えようと決心をしました。
飛田新地は自分でお客さんを見つけて、自分で稼ぐというシステムなので、簡単に言えば実力主義的な感じなのですが、お客さんに対して過剰なサービスは求められないので、風俗で働いた経験のない私にはピッタリの仕事でした。

飛田新地での仕事は若ければ若いほどお金を稼ぐことができたので、20代前半の私はすぐに借金を返済して、ホスト遊びができるくらいのお金を手にすることができました。
ホストに貢いだとしても働けばまた豪遊できるので、お金のことは全く考えずに豪遊をし続けています。

今までできなかったこと、食べられなかったもの、全てを手にすることができたのは飛田新地で働く決心をした自分の判断が正しかったからだと考えています。

飛田新地で働くのは早ければ早いほど良いと言う言葉は全くの真実で、とにかく若いうちから働き始めてお金を稼ぎまくることで、逆転人生を歩むことが可能です。

飛田新地の仕事内容はそこまでハードじゃない

風俗というと普通はハードルが高いような気がして敬遠しがちですが、プレイ時間は思ったよりも短いので毎日働いても体を壊すことはありません。

また必ず避妊具を装着するので、毎日たくさんのお客さんを相手にしても病気になる心配はほとんどありません。

毎日、数多くのお客さんの相手ができる飛田新地を上手に利用することで、自分の夢を叶えられるかもしれません。

学歴も職歴もない女性でも自分の力で一攫千金できる風俗、毎日働いても体を壊すことのない貴重な風俗です。

毎日のようにお金のことで悩んでいる人生からおさらばして、女性であるということを武器にして豪遊生活をするならこれしかありません。

まさに飛田新地ドリーム!必死に働いて借金生活から豪遊生活へ

まさに飛田新地ドリーム!必死に働いて借金生活から豪遊生活へ

私は男性に対して性的サービスを行う、いわゆる「風俗嬢」として飛田新地で仕事をしています。とある理由から多額の借金を背負うことになり、その借金返済のために風俗嬢になることになり、今では勤務は週5から多いときに6日、1日平均3人、多いときでは5人の男性の接客をしています。私の場合は風俗街としても有名な「飛田新地」にて風俗業界の中でも「本番有り」であるサービス、つまり「ソープ嬢」としてサービスを行っていますが、オプションなども多種多様なことから男性の性的思考に合わせてプレイを受け入れることもありますが、今では結構稼げるようになりました。

最初のころは「ただエッチをする」というだけだったので指名も取れず、初来店の人を何回も相手する程度だったので稼げる額も知れているぐらいでしたが、「より相手を楽しませるエッチ」「より気持ちよくなってもらえる時間」というのを自分なりに追求していった結果、次第に指名も取れるようになっていきました。飛田新地ということもあり、「風俗通」の人が多かったこともあり、次第に自信にもなっていきました。

例えば、接客がはじまって数分でお客様がSなのかMなのかを観察するようにしました。主に会話や仕草からそれを勘ぐるのですが、直で聞いてしまうこともあります。Mな人とであれば私がリードする立場で相手の乳首を舐めたり、アソコを扱いたりフェラをしたりという通常の流れに加えて顔面騎乗をしたり、必要に応じて言葉責めをしたり相手を罵ることもしていきます。それでお客様の気分が盛り上がることでその後指名をしてもらえることに繋がっていきます。

Sの人の場合は最初はリードするものの後は基本的に相手に任せます。舐められているときも、挿れてもらっているときもお客様に「もっとしてほしい」ということを言葉や仕草で表すことで満足してもらえるし、気持ちよくなってもらえます。おもちゃを使いたい人、縛りプレイを求める人などSな人には有る程度身を任せることが必要だとわかり、それをすることで指名も増やせていけました。

そして私の飛田新地での風俗嬢としての稼ぎも増えていきました。

飛田新地でソープ嬢をしていく上での自信と誇り

有る程度指名を増やせるようになってからは「そのお客様を離さない」ということを常に心がけました。1度指名してくれた人の名前や性癖はメモに取ったりしながら覚えるようにしたり、同時に自分自身のエッチへの追求も深めていきました。

より気持ちよくなってもらえるための腰の振り方、気持ち良い箇所など男性器の勉強などはもちろん、自分自身の女としての自分磨きもどんどんしていくようになっていきました。

特に気を遣ったのは体型維持です。私の身体を求めて来てくれる以上太ることだけは絶対にできなかったので食事や睡眠、空いてる時間での運動などを意識しました。指名が入った瞬間にそのお客様がストレートヘアが好きなのか、少し癖を出した髪が好きなのか等で変化を出せるようにヘアメイクの勉強をしたりしました。

お客様が私から離れていかないように常にこういった細かい箇所に気を配れるように自分磨きを繰り返していった結果、収入もどんどん増えていきました。飛田新地という場所に遊びに来る男性だからこそ「風俗をよくわかっている」という人ばかりで、怠るとすぐに離れていってしまったので気をつけました。そして気づけば「借金を返す」というためだけに仕方なく始めた「ソープ嬢」という仕事でしたが、それが次第に自分自身に合った仕事なように感じてきたし、飛田新地のソープ嬢としての仕事を通して女としての自信がもててきたようにもなりました。

1日の接客の回数が増えていくとさすがに疲れも出てきたりすることもありましたが、私はそれでも接客を断ることはしません。接客をすればするほど、エッチをすればするほど収入面でも女としての面でも上がっていけるからです。

飛田新地でソープ嬢として働くとなっても「ただエッチをして射精をさせて満足させればいい」というのと「より満足してもらえるためにできること」と考えていくのでは状況も収入面も全く違ってきます。飛田新地で風俗嬢をしているときくと周りの人は偏見をもってくるかもしれませんが、自分自身がその仕事を誇りに思って追求していけるかで大きく変わってくると自ら経験して感じました。

飛田新地で風俗嬢をし、感じたこと、学んだこと、経験したこと

飛田新地で風俗嬢をし、感じたこと、学んだこと、経験したこと

私は23歳女子です。男性に対して性的サービスを行う、いわゆる「風俗嬢」として飛田新地で仕事をしています。とある理由から多額の借金を背負うことになり、その借金返済のために風俗嬢になることになり、今では勤務は週5から多いときに6日、1日平均3人、多いときでは5人の男性の接客をしています。

私の場合は風俗業界の中でも「本番有り」であるサービス、つまり「ソープ嬢」としてサービスを行っていますが、オプションなども多種多様なことから男性の性的思考に合わせてプレイを受け入れることもありますが、今では結構稼げるようになりました。

最初のころは「ただエッチをする」というだけだったので指名も取れず、初来店の人を何回も相手する程度だったので稼げる額も知れているぐらいでしたが、「より相手を楽しませるエッチ」「より気持ちよくなってもらえる時間」というのを自分なりに追求していった結果、次第に指名も取れるようになっていきました。

「飛田新地」という名前から多くの風俗ファンが来るようになり、その人たちに接客をしていくことで「気づき」がたくさんありました。

例えば、接客がはじまって数分でお客様がSなのかMなのかを観察するようにしました。主に会話や仕草からそれを勘ぐるのですが、直で聞いてしまうこともあります。

Mな人とであれば私がリードする立場で相手の乳首を舐めたり、アソコを扱いたりフェラをしたりという通常の流れに加えて顔面騎乗をしたり、必要に応じて言葉責めをしたり相手を罵ることもしていきます。それでお客様の気分が盛り上がることでその後指名をしてもらえることに繋がっていきます。

Sの人の場合は最初はリードするものの後は基本的に相手に任せます。舐められているときも、挿れてもらっているときもお客様に「もっとしてほしい」ということを言葉や仕草で表すことで満足してもらえるし、気持ちよくなってもらえます。

おもちゃを使いたい人、縛りプレイを求める人などSな人には有る程度身を任せることが必要だとわかり、それをすることで指名も増やせていけました。そして私の「飛田新地で働く風俗嬢」としての稼ぎも増えていきました。

飛田新地で働くことで自分の価値観が変わった

有る程度指名を増やせるようになってからは「そのお客様を離さない」ということを常に心がけました。

1度指名してくれた人の名前や性癖はメモに取ったりしながら覚えるようにしたり、同時に自分自身のエッチへの追求も深めていきました。より気持ちよくなってもらえるための腰の振り方、気持ち良い箇所など男性器の勉強などはもちろん、自分自身の女としての自分磨きもどんどんしていくようになっていきました。特に気を遣ったのは体型維持です。私の身体を求めて来てくれる以上太ることだけは絶対にできなかったので食事や睡眠、空いてる時間での運動などを意識しました。

指名が入った瞬間にそのお客様がストレートヘアが好きなのか、少し癖を出した髪が好きなのか等で変化を出せるようにヘアメイクの勉強をしたりしました。

お客様が私から離れていかないように常にこういった細かい箇所に気を配れるように自分磨きを繰り返していった結果、収入もどんどん増えていきました。そして気づけば「借金を返す」というためだけに仕方なく始めた「ソープ嬢」という仕事でしたが、それが次第に自分自身に合った仕事なように感じてきたし、飛田新地でのソープ嬢としての仕事を通して女としての自信がもててきたようにもなりました。

1日の接客の回数が増えていくとさすがに疲れも出てきたりすることもありましたが、私はそれでも接客を断ることはしません。接客をすればするほど、エッチをすればするほど収入面でも女としての面でも上がっていけるからです。

飛田新地でソープ嬢として働くとなっても「ただエッチをして射精をさせて満足させればいい」というのと「より満足してもらえるためにできること」と考えていくのでは状況も収入面も全く違ってきます。風俗嬢をしているときくと周りの人は偏見をもってくるかもしれませんが、自分自身がその仕事を誇りに思って追求していけるかで大きく変わってくると自ら経験して感じました。

飛田新地での経験が私を変えてくれました。

ホストの未収で飛田新地へ。金銭感覚がおかしくなるくらい稼げた話

ホストの未収で飛田新地へ。金銭感覚がおかしくなるくらい稼げた話

私は、2ヶ月前まで普通の会社勤務をして生活を送っていました。趣味と言えば、「お酒」を飲む事ぐらいで2日に1回のペースで飲食店に行くほどです。しかし、友人の誘いでホストクラブに嵌り、お金を使うようになってしまいます。

1回店に行けば、数万円は出費して気づいたら財布の中身は空っぽです。ホストクラブ通い、豪遊を繰り返す余り生活は大変になります。そんな時、「お金がもっと稼げて楽な仕事ないかな?」と、考えていたら風俗が頭に浮かびます。

そこで、ネットで「風俗求人サイト おすすめ」と検索して、色々なサイトで勉強しました。その中でも、リンク先のサイトはあらゆる風俗求人サイトが解説されていたので、かなりさんこうになりました。

風俗と言えば、「エッチ」「高収入」「稼げる」イメージです。大阪には、「飛田新地」という女性が男性とエッチを行うエリアがある事を知っていました。いわゆる売春宿が集まる地区になり、多くの女性が働いているようです。

飛田新地は、少し認識がありソープランド店と違い表向きは料亭や飲食店になります。そして、店の中に入ると、料理を注文する訳ではなく女性を選びエッチをするシステムです。働いている女性の多くは、他府県から「出稼ぎ」になります。

また、飛田新地では、ソープランドのように風呂に入ったりする事なく即本番エッチです。私は「エッチ目的の店で妊娠とか心配ないのかな?」と、不安を持ちますが、ほとんどの店ではゴム使用のようです。

短時間で稼げる仕事として、私は思い切って飛田の遊郭店に面接に行ってみました。スタイルと顔には、少し自信があったためセクシーな服装でアピールをします。

胸元が大きく開いた上着にミニスカート、黒のパンストに高いハイヒール姿です。1軒の遊郭店へ入って挨拶をすると、女性オーナーが店の中へ案内してくれました。履歴書を渡し話をされると、「OKです。明日店に来て」と、言われます。次の日、店に行くと、オーナーから男性との行為やシステム、ルールなどを指導してくれたようです。私は、遊郭で男性とエッチを仕事とする風俗を始める事になります。

飛田新地は1ヵ月で100万円以上を簡単に稼げる

飛田新地という場所は、夜だけじゃなく昼間でもネオンが輝きいろんな男性が女性を求めて来ます。「サラリーマン風」「スポーツ選手」「芸能人」「会社社長」など、やっぱり男性はエッチが好きみたいです。私は、勤務する店の中で男性から指名される事を待ちます。数分後、さっそく男性から指名をもらいエッチの相手をする事になりました。相手は、40代ぐらいの中年で工場勤務といった感じです。飛田新地では、男性客と余計な雑談などはほとんどしません。

10分から60分ぐらいでエッチを行うため、必要なのはゴムぐらいです。男性は、30分を依頼してきて6畳の部屋へ一緒に入ります。通称「やり部屋」と言われる6畳の和室は、布団が敷いているのが基本です。ソープランドのように体を洗う必要もなく、濡れタオルで性器を拭きます。また、飛田新地の遊郭では、キスが「NG」のケースが多く当店でも禁止でした。男性客に伝えると、フェラから本番エッチへスムーズに進行していきます。30分は、あっという間に終わり男性客との本番は、終了を迎えます。

初めて働いた日は、お客を3人ほど相手をして仕事の流れを知ったものです。そして、帰る前に、女性オーナーから働いた日給を頂きます。金額は、なんと5万円になり会社勤めの給料とはかけ離れた数字です。それから、遊郭で働く事にやりがいを感じた私は仕事が楽しくなります。店に訪れる人の中には、1時間を依頼するお客もいます。

しかし、即本番エッチが基本の遊郭は、短い時間の人がいると楽に稼げるのでうれしいです。私は1ヵ月間働いてみると意外と頑張れそうで「貯金もあっという間に出来そうだ」と、希望が湧いてきました。

1ヵ月で稼いだ給料は、100万円を超えていて高級ブランド品バッグをご褒美として買います。遊郭で働く事は、一般人から見ると自慢できる仕事ではありませんが、いっぱい稼げて面白いです。

借金まみれで飛田新地へ…。投資や仮想通過に失敗した女の末路

借金まみれで飛田新地へ…。投資や仮想通過に失敗した女の末路

私が飛田新地で働くことになったのは、無計画にお金を使いまくってしまったことがきっかけです。正直いえば、なんとも情けない思いがこみあげてきます。私が湯水のごとくにお金を使うようになったのは、株式投資と仮想通貨にハマってしまったことがきっかけです。

気がついた頃には300万円近くにものぼる借金をするまでになってしまったのです。

株式投資は元々好きで行っていましたが、今回調子に乗って信用取引にまで手を出してしまったことが、悪夢の始まりです。信用取引とはレバレッジを利かして行う取引であり、負けた時の損失額は半端なものではありません。

これが、飛田新地で勤務することになってしまった元凶といえるのではないでしょうか。株式投資の信用取引での大敗もさることながら、仮想通貨の失敗も私にとっての大きなダメージとなりました。

ビットコインとイーサリアム、モナコインと購入した全てのコインが予想と反対の動きをしたことで、大きな借金を抱え込んだのです。正直、飛田新地で働くことには抵抗感を覚えていました。できることならば、生涯の中でも飛田新地の仕事にお世話になるつもりはありませんでした。しかしながら、人生とは自分の思い通りには行かないということを改めて理解することになってしまったのです。

300万円の返済をすることは、並大抵の覚悟でできることではありません。

具体的には大手クレジットカード会社の2社からそれぞれ100万円ずつと消費者金融から50万円ずつ2社に借りたといった具合です。返済額はマックスで9万円近くにまでのぼったため、もうこれは飛田新地で働くしかないという思いがこみあげてきました。そして、早速、面接を受けて入社が決まりました。もうやるしかないという気持ちになった私は、借金返済に向けて気合いを入れて働きました。

輝ける場所の飛田新地!実は天職だった

働く前の飛田新地のイメージは私にとっても決してポジティブなものではありませんでした。人生の敗北感や挫折感が大勢を占めていました。

しかしながら、実際に勤務してみると意外にも自分にマッチしている仕事だと確信することに。飛田新地での仕事をスタートさせた時には、昼間も会社員として勤務していました。大手機械メーカーで事務の仕事をしていました。

自分でいうのもなんですが、上司からの信頼も厚く、楽しく勤務していたのです。問題は驚くほどに給料が安いことです。残業しても20万円にははるかに届かない金額のため、うんざりしていました。ブラック企業ではないと思いたいですが、とても満足できるような待遇ではありませんでした。飛田新地で働く方が効率良く稼ぐことができますので、いつしか会社員の仕事が馬鹿らしいと思ってしまったのも事実です。

本番行為ももちろん、バリバリにこなしますが、慣れることで、さほどの抵抗感はなくなるものです。いつしかライフワークとも思えるようになってきました。なんといっても魅力は、一晩で10万円以上を稼ぐことも珍しくないことです。

会社員の給料とは雲泥の差といっても良いのではないでしょうか。私はとうとう、昼間の仕事をやめ、飛田新地のみで生計を立てることになります。そしていつしか、300万円もあった借金がなくなり、貯金までできるようになりました。

実は、飛田新地で勤務していることを知っているのは、ごく一部の友人のみです。あまりに多くのお金を稼ぐようになったことで、親にもちょくちょくプレゼントをしたりしています。

以前の私の収入では絶対に無理なため、親も大喜びです。

ここまで自分が成長できたのも飛田新地のおかげです。今では、店のナンバーワンとして活躍させてもらっています。当面はやめるつもりはありません。